父の命日

いつもありがとうございます。

クリスタルWaveヒラタです。

 

突然ですが

クリスタルWaveホームページの

トピックスご覧下さいませ。

 

5月11日(土)17時~

和歌山県民文化会館小ホール

「生と死」著名な4人の講師による講演と講義を開催致します。

チケット絶賛発売中です。

是非、お越し下さい。とても有意義な時間になるはずです。

 

正に「生と死」のお話をさせて頂きます。

 

猫の日

「今日はニャンニャンニャン(2/22)で猫の日やで」

若い男性社員の平和な声が響きます。

2017年、以前働いていた会社の広い事務所にて。です。

忘れられない光景です。

 

私は、追い詰められています。

父のがん闘病生活が1年7カ月に及んでいます。

会社のお姉様方に、もう限界!と初めて愚痴ってる最中です。

 

母から電話

そんな状況下でスマホが鳴ります。

母:あのね。お父さん、息していないみたいなの。さっきまでケアマネさんいたの。

私:ケアマネさんに戻ってもらう。お父さんのそばにいて。

私も行く。看護師さんに来てもらう。大丈夫よね。

横で聞いていたお姉様方はすぐに帰れるようにして下さいます。

 

遺体と対面

実家へ行くと、ケアマネさん・看護師さん・ドクター既に到着し、

粛々と死亡診断とエンジェルケアをなさっています。

 

母は父に「みーたん(私)来たで」話しかけます。

みーたん!他人様は笑いそうになった。思います。

 

最後まで聴覚は残る。言いますし、まだ魂はここに居るから届くはず。と、信じて

お父さん!お父さん!って耳元で何度も呼んで、心の中で愚痴ってごめん!謝ります。

 

1948年生まれです。

アラブ人か?ロシア人か?と間違われる日本人離れした顔です。

 

生き方は滅茶苦茶で破天荒です。あだ名は瞬間湯沸かし器です。

直ぐに激昂し、どこでも大騒動を巻き起こします。

エピソードだけでブログ何話分も書けます。(全部省略)

 

父、倒れる

56歳の時、脳内出血発症します。

右片麻痺と言語障害が残ります。

リハビリを頑張り、杖で室内をゆっくり歩けます。

器具付いたお箸やスプーンで食事出来ます。

 

お仕事は出来ません。

ベランダでラジオを聴きながら過ごします。

断酒しましたが、タバコは1日1箱吸っています。

 

父、肺がん発覚

様々な事がありながらも10年経過します。

 

明らかに体調おかしいので、内科を受診します。

肺がんステージ4。他にも転移あり。余命4カ月。

目の前で伝えられたそうです。

もう死ぬんや!と、大荒れの父です。

 

長い闘い

肺がん治療にオプジーボが導入され始めた頃です。

父にも用いられます。入退院を繰り返します。

 

父の要求に合わせて、お引越しですか?

ってくらいの荷物を毎回、母と私で運びます。

余命4カ月を過ぎても、お薬のおかげか?父は全く変わらずです。

 

母の体力・気力が奪われていきます。

それでも、私の介護やケアマネさんの介入を父も母も拒否します。

何度も私は説得します。その間にも、色々あります。

 

やっと!

訪問看護・訪問入浴・福祉用具レンタルを受け入れてくれます。

私は、母の後方支援と父の話を聞くだけですが、毎日実家通います。

 

緊張と不安の日が続きます。

余命宣告から1年5カ月過ぎた2016年末には、

昼夜問わず痛みに呻き苦しむようになります。

2017年明けからは、一層衰弱していき、固形物が食べられなくなります。

そんな父を見守る毎日は、とても辛かったです。

 

昨年七回忌

母から衝撃の話がありました。

息を引き取る直前、

父は「頑張ってたけどもうアカンわ。独りにしてしまうな。」

と、母に言ったそうです。

 

そうすると!

亡くなる3日前に、父が母の首を絞めて「連れて逝っちゃるわ」

言ってた意味が全然変わってきます。

父が独りで死ぬのが怖くて、母を連れて逝こうとする凄惨な場面を見た。

思っていました。

 

母が寂しがり屋なので、独りになるのを父は心配したんだ。

と、思い至ります。

父の破天荒過ぎる一部はどうしても容認できませんが、

父が母を愛していたのは、間違いないです。

夫婦の複雑な形を思い知ります。

 

この流れで、次回は父と母関連でお話させてください。

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